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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和55年(ワ)32号 判決

主文

被告は原告に対し、金二、一九二万一、四八〇円およびこれに対する昭和五五年六月一二日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はすべて被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し金二、三〇〇万円およびこれに対する昭和五四年九月一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は昭和四六年ころから訴外亡A(以下単にAという。)と内縁関係にあり、肩書表示の住所地で同棲していた。

(二)  Aは昭和五一年ころ訴外三井生命保険相互会社との間で、同人を被保険者、原告を保険金受取人とする生命保険契約を締結していた。

(三)  Aは昭和五四年二月七日死亡したため、右会社から保険金三、〇〇〇万円が原告に支払われた。

(四)1. ところが同年八月三〇日午後八時半ころ、被告の使者と称する訴外B、同Cの両名が原告方を訪れ、「Aの保険金を受け取ったのか。」「この保険金は被告が受け取るようになっている。早く詑びないと大変なことになる。」などと声高に申し向け、被告方事務所に同道するよう強要した。このため原告はやむなく同人らの車に同乗して同夜一〇時ころ新宮市内の被告方事務所に赴いた。

2. 同所において、被告は、原告に対し、右保険金は被告が受け取るべきものであり、これを原告が受け取ったのは詐欺である、などと執拗に繰り返して責め立て、右保険金三、〇〇〇万円をすぐに持参するよう申し向け、原告が三、〇〇〇万円のうち七〇〇万円は既に使ってしまい、残りが預金と年賦支払証書になっている旨答えると、被告はさらに、その預金証書と年賦支払証書とをすぐ持参するよう、大声で強要した。

3. このため原告は、右B、Cの車で午後一一時三〇分ころ帰宅し、両名に強要されるまま定期預金証書および定額預金証書額面合計一、三〇〇万円と保険金の年賦払証書額面一、〇〇〇万円とこれらの取引印鑑を交付した。

4. さらに翌三一日、右B、Cの両名が再び原告方を訪れ、預金の届出印が違っていたとして該当する印鑑を求めると共に印鑑証明書を求めたため、やむなく原告は、該当する印鑑を交付すると共に役場に電話して印鑑証明書を発行し右Bらに手渡すよう依頼した。

5. 被告は、右預貯金証書や印鑑等を利用して、預貯金をひき出し、年賦払保険金の支払いを受けた。

(五)  右のとおり、原告は、被告らから、右保険金は被告の受け取るべきもので、原告が受け取ってはならないと強く責められ、強迫されて、右の預貯金証書等を被告に交付した。

しかし契約上の受取人たる原告が受益の意思表示をした以上、被告は右保険金を受け取るべき権利はなく、原告が被告に対し右保険金を引渡すべき義務はなく、その他被告に金員を支払うべき義務はない。

(六)  従って被告は原告から交付を受けた証書類および印鑑により支払いを受けた金員二、三〇〇万円を不当に利得したものであるから、右金員を返還すべき義務があり、あわせてこれに対する遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の答弁

(一)  認める。

(二)  認める。

(三)  Aがその日に死亡したことは認める。

(四)1. 同日B、C両名が原告方を訪れたこと、同人らが、原告においてAの生命保険金を受け取ったかどうかを確めたこと、同日右Bらの車に同乗して原告が被告方を訪れたことは認め、その余は否認する。原告が「被告に謝らねばならないから連れて行って下さい。」と自ら進んで被告方を訪れたものである。

2. 否認する。原告は被告に対し「保険証券も被告に渡してあるのに、勝手に手続をして保険金を受け取ったことは申し訳ありません。」と謝罪したうえ、「残額を預金してあるので明日にでもひき出して持って来ます。」と述べて自らAの借金を弁済する意思を表明した。この折、原告は、被告がAから手交されていた保険証券や念書を確認している。

3. 原告がBらの車で帰宅し、預金証書類を同人に交付したことは認める。原告は「預金した時のことを考えると銀行や郵便局へ行って引出すのが恥かしいから。」と、自ら進んで印鑑や証書類をBらに預け被告に渡すよう依頼したものである。

4. 認める。訴外Bらが預金先の第三相互銀行新宮支店で右の預金を引き出そうとしたところ、同行職員は原告の勤務先に電話をかけ、その任意の意思に基づく引き出しであることを確認した。その後右Bらは右行員と原告の打合せに従って原告方に赴き、委任状を受け取り、かつ印鑑証明書の発行を得たものである。

5. 認める。

(五)  否認する。

1. Aは、昭和五二年一〇月ころまでに被告から左記の約束手形合計金三、一〇〇万円の手形割引を受けていた。

金額

支払期日

振出人

(ア)

一〇〇万円

昭和五二年七月三〇日

(イ)

二五〇万円

同年九月三〇日

(ウ)

五〇〇万円

同年一〇月三〇日

(エ)

二五〇万円

同年一一月三〇日

(オ)

五〇〇万円

同年一〇月二五日

(カ)

二、五〇〇万円

同年一一月二日

(ただし(カ)の割引による交付額は一、五〇〇万円)

2. 被告は同年一〇月下旬ころ、Aから右割引金のうち一〇〇万円と利息の支払いをうけ、残り三、〇〇〇万円を同人への貸金とする話し合いをし、その際原告はAの右債務につき連帯保証をした。またAは被告の紹介により、このころ災害死亡時保険金三、〇〇〇万円の本件生命保険契約を結び、その債務の保障とした。

3. 仮に原告が右当時連帯保証しなかったとしても、被告は同年一二月以降何回もAと原告に対し支払いを請求しており、その際原告は連帯保証債務を負うことを認め追認した。

4. そして原告は右の連帯保証債務の履行として、前記の生命保険金の受領金の残額の預金等をもって、任意に支払った。

5. 仮に原告がAの右債務につき連帯保証義務を負わないとしても、原告は、Aが右の生命保険に加入したうえで、被告に対し「万一の場合は右保険金を受け取って下さい。」という念書と生命保険証券を被告に交付していたことを知悉していたので、右預金等をもってAに代って右借金を任意に弁済したものである。

(六)  争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告の請求原因(一)(二)項の事実および(三)項中Aが昭和五四年二月七日死亡したことは当事者間に争いがない。そして原本の存在およびその成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一ないし四、乙第五号証、成立に争いのない乙第四号証、原告本人尋問の結果により成立の真正を認める甲第二号証の一、二ならびに原告本人尋問の結果によると、Aが本件生命保険に加入したのは昭和五二年一〇月二六日であること、右生命保険契約は、災害による死亡の場合は一時保険金が二、〇〇〇万円、年賦払保険金が五年間二〇〇万円ずつ均等払の合計一、〇〇〇万円とされるものであったこと、Aは自宅で灯油ストーブを操作中に死亡したため災害死と認定されたこと、Aの死後二〇日位して、原告は保険証券が自宅になかった(後記のとおり被告の手許にあった)ため、その再発行を受けたうえ、保険金の支払請求をし、昭和五四年五月二四日、三井生命保険相互会社から、訴外株式会社第三相互銀行新宮支店の原告名義の普通預金口座に、一時払保険金二、〇〇〇万円が振込入金されたこと、翌二五日、原告は右預金口座から一、九五〇万円を引き出し、うち八〇〇万円を自己や親族の名で四口に分けて定額郵便貯金とし、うち五〇〇万円を自己と子の名義で右相互銀行に定額預金として預け入れ、その余は他への借財返済などに当てたこと、また年賦払分一、〇〇〇万円については、その旨の支払証書(右保険証券に、翌五五年から毎年二月に二〇〇万円ずつ支払う旨を記入したもの)がこのころ原告に発行交付されたこと、以上の事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

二、昭和五四年八月三〇日被告の使者として訴外B、同Cの両名が原告方を訪れたこと、同人らが原告に、Aの死亡による本件生命保険金を受領したか否かを尋ねたこと、同人らに同道して同夜原告が被告方に赴き、被告と面談したこと、その夜原告は右訴外人らの車で自宅に戻り、前記の定額郵便貯金証書四通、定額預金証書二通(額面合計一、三〇〇万円)、年金支払証書のほか受領用の印鑑を右訴外人らに手渡したこと、さらに翌三一日右Bと被告方の使用人Hとが原告方を訪れ、銀行への届出印と違っているからとして別の印鑑の交付を求めると共に印鑑証明書の発付を受けるよう求め、原告がこれに応じたこと、被告が右証書類や印鑑を利用して原告の前記預金額をひき出し受領したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。なお前記甲第四号証の一ないし四、成立に争いのない乙第六号証、証人B、同Jの証言によると、被告は右の八月三一日に右BおよびHを介して前記の相互銀行定期預金五〇〇万円、定額郵便貯金八〇〇万円をひき出して受領し、年賦払保険金分一、〇〇〇万円については、一括支払を請求して同年九月一二日金八九二万一、四八〇円を受領したことが認められる。

三、原告は右証書類の交付は、法律上の原因に基づかない旨主張するのでまず債権債務の存否につき検討する。

成立に争いのない乙第二号証、原、被告各本人の尋問の結果ならびにこれらにより原本の存在および成立の真正を認めうる乙第一、第三号証によると、亡Aは手形ブローカーの如き仕事をし、金融業者たるa商事こと被告方に出入りしていたものであること、Aは昭和五二年一一月二日付で、額面三、〇〇〇万円、支払期日同年一二月二日、支払場所a商事の約束手形一通(乙第一号証)を振出し被告に交付していたこと、この手形の表面には連帯保証人として原告の署名捺印があるところ、その印影は原告の印鑑によって顕出されたものであるが、その署名はAがしたものであること、右Aは、「被告の紹介により三井生命の外交員Iに加入した自分の生命保険金は自分が万一事故の場合には保険金を受け取って下さい。」としたためた被告宛の昭和五三年三月付(日付なし)の念書を被告に交付していたこと、外交員Iとは被告方に出入りする三井生命保険相互会社の保険外交員であり、右にいう生命保険とは原告が保険金を受領した本件の保険契約のことであること、またAは右の保険証券も被告に交付し、被告がこれを保管していたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、被告は、その本人尋問において、「被告の答弁」(五)1.のとおり、Aがもちこんだ乙第八ないし第一三号証の六通の手形(ただし(ウ)の手形に相当する乙第一〇号証の手形は支払期日は昭和五四年八月二一日である)を被告が割り引き、これを一本にまとめたものが前記の乙第一号証の手形である旨供述するところ、そのうち(ウ)および(カ)に相当する乙第一〇、第一三号証の手形にはAの裏書はなく、しかも被告本人の供述によると乙第一〇号証の振出人Fは当時担保力もあったというのであるからその満期日から一年一〇カ月も前に裏書人でもないAの債務として一本化する必要があったとは考えられないし、乙第一三号証の振出人Cは本件時も被告の使者として行動しているほどの人物であって裏書もなしにAがその債務として一本化するというのも甚だ不自然である。さらに被告はAが右乙第八ないし第一三号証の手形割引による原告への債務につき万一の場合を慮って本件保険契約に加入したとも供述するが、本件保険は、右の手形中最高額の乙第一二号証の額面二、五〇〇万円の手形の満期日でかつこれらの手形を一口にまとめたという乙第一号証の手形の振出日である昭和五二年一一月二日よりも以前に、契約されたものであること、右保険金の受取人は被告でないこと、本件保険は、保険金三、〇〇〇万円のうち一、〇〇〇万円は年賦払とされており債権回収手段としては適当でないこと、Aの念書は前記のとおり翌五三年三月付のものであることなどに照らすと疑問がある。結局被告の供述は前後矛盾し不合理なものであって、その全てを信用することはとうていできない。

とはいえ、前記の第一号証の三、〇〇〇万円の約束手形はAが関与したものであることは明らかであるし、またAが右のような念書を被告に差し入れていたことからすると、Aは乙第一号証の手形金三、〇〇〇万円に達しないまでもこれに匹敵するような額の債務を被告に対し負担していたものと言わざるを得ない。

被告はさらに、Aの右債務につき、原告が連帯保証し、ないしはこれに関するAの無権代理行為につき原告が追認した旨主張し、被告本人尋問の結果中には、Aが右乙第一号証の手形を振り出した際原告も同道して被告方事務所を訪れ、連帯保証人として自ら捺印した、その後も被告からの度々の催促に対し、原告もまた責に任ずるべき旨述べていた旨の供述部分がある。しかし原告は電気部品会社に組立工員として勤務していたものであり、Aは山林ブローカーなどをしていたものであること、二人は事実上夫婦として生活しており、原告の印鑑をAが持ち出すことも容易であったと思われること、原告が被告方まで同道しながら、ことさらAが署名を代行したうえで原告が自ら捺印すべき事由も窺えないこと、その他前段に述べた被告の供述の信ぴょう性などに照らし、被告本人の右供述は採用できず、乙第一号証中の原告作成部分は、その署名のみならず捺印もAによって為されたものと認められる。そしてこれが原告の授権によるものであることを認めうべき証拠はない。またAがした右の代理行為につき原告が追認したといいうるような具体的事情は証拠上認められない。

四、そこで、本件の預金証書等の交付が、どのような経過から、どのような目的で為されたのかについて検討する。

原告は、これが被告らの強要によるものである旨主張し、原告本人尋問の結果中には、随所に「こわかったから。」などの供述がある。しかし、次のような事実が証人J、同Bの各証言、原告本人尋問の結果から明らかに認められる。

1. 原告は、八月三〇日にBらが訪ねた際、一〇分間ばかり座を外して外出していたこと、原告の住居の近くには両親宅の外、姉、弟らがそれぞれ世帯をもって暮しており、その気になれば援助救護を求めるのは容易であったこと、

2. 同夜被告方から帰宅した際、原告は前記の計一、三〇〇万円の預貯金証書のほか、普通預金通帳(保険金の振込送金を受けた口座のもので、三六万円が残っていた)をもBらに手渡したが、同人は原告の生活費にも要るだろうからと右通帳のみは受け取らなかったこと、

3. 翌三一日、BとHが預金を引き出しに行った際、前記相互銀行の係員は、原告の勤務先へ電話をかけて意思を確認すると共に、印鑑がちがうとして届出印を使用した委任状の発行を求めたこと、これに対し原告は、払戻金をHらに交付してくれるようにと答えたうえ、届出印などを交付するため、昼の休憩時間中に帰宅して交付する旨答えたこと、そして昼休み時間中に原告はいったん帰宅し、訪ねて来たHらに届出印を手交し、かつ同人らに委任状作成も委ねたこと、その際Hらから、年賦保険金の一括払を請求するのに印鑑証明書が要るので発付を受けてほしい旨申し込まれて、原告は紀宝町役場に勤務している弟に電話し、Hらに印鑑証明書を交付するよう依頼したこと、またこのとき原告は前記の普通預金通帳を右Hらに交付し、三六万円余の残額全額をついでに引き出して来てくれるよう頼んだこと、

4. 右委任状や印鑑を使用して、同日、Hらは右相互銀行から定期預金二口五〇〇万円を解約受領したが、その際原告に頼まれた右普通預金も全額ひき出し、この分は同日中に原告宅へ届けたこと、このとき原告は自宅で穫れた生姜を謝礼代りにBに渡したこと、

5. 被告はそのころ、前記の年賦払保険金一、〇〇〇万円につき一括払を請求したが、前記保険会社からの同年九月一二日付の一括払通知書が、そのころ原告宅に送られて来たこと、原告はそのことを被告に連絡してこの通知書を被告に交付したこと、

以上の事実が認められ、これらの事実からすると、原告が被告らに強迫され、被告らを畏怖する余り預貯金証書等を交付したものとはとうてい解されず、むしろ右の3.4.5.の行為は原告の自由な意思に出たものといわねばならない。

五、しかし一方、右のとおり原告が本件預貯金証書等を被告に交付したのは、右の保険金は原告が受給してはならず、被告が受け取るべきものであったと被告らから責められて、そのように思いこんだためと認められる。即ち前記B証言、原、被告各本人尋問の結果によると、八月三〇日夕刻予告もなしに訪れたB、Cの両名は、原告に対し、「Aの保険金を受領したのか」、「受け取ったことは判っている」、「それはYさん(被告)が受け取ることになっている」などと申し向けたうえ、被告に対する釈明を求めたこと、被告方に赴いた原告に対し、被告もまた、A作成の前記念書(乙第三号証)やAから交付されていた保険証券(乙第四号証)を示しながら、保険金は被告が受け取るべきものであった旨申し向けてその交付方を要求し、さらに原告が一、三〇〇万円は預金してあり、一、〇〇〇万円は年賦払となっており、七〇〇万円は使ってしまった旨答えるや、その七〇〇万円の使途なども問い訊したこと、その挙句被告は、右預貯金証書や年賦払証書をすぐに引き渡すよう求め、七〇〇万円については原告が女であるから不問に付することとするが、払った相手の領収書を見せるようにと求めたこと、そして原告も七〇〇万円は返せないと詫びたうえ、「今あるだけお返しします」と答えたこと、同日原告がBらに預金証書等を手渡した際、Bは、原告が前記の普通預金通帳を差し出したのに対しその残高三〇余万円までも取り立てるのは免除してやろうと考えて、原告に返したこと、またこのとき、原告は既に使ってしまった七〇〇万円についてその相手からの領収証をBに渡し、細かな使途については口頭で説明しBがメモをしたこと、以上のような事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして右の事実からすると、前記のとおり、原告は、本件保険金は原告がうけとってはならなかったもので、直ちに被告に返さねばならないものと考えて、前記預貯金証書等の交付に及んだものと認められる。

被告は、原告名義の連帯保証がAの無権代理であったとしても、原告がこれを追認し、その債務の履行のため、預貯金証書等の交付に及んだ旨主張するが、右認定の事実からはそのような追認行為を認めることはできないし、他にこれを窺わせるような事情は認められない。

さらに被告は、原告が任意にAに代位して弁済した旨主張するが、前段認定の事情からすれば、原告は本件保険金を受け取ってはならなかったものと考えて、預貯金証書類の交付に及んだものというべきであって、原告が、自身において正当に保険金を受け取ったものと認識しながら、Aの遺志を尊重しあえて同人に代ってその債務を弁済する意思をもって右に及んだとは認められない。

してみると、被告において原告から本件保険金ないし預貯金を受け取るべき権利があるとは認められず、結局被告は法律上の原因なくして右の預貯金の受領による合計金一、三〇〇万円および年賦払保険金を一括請求して受領した金八九二万一、四八〇円を法律上の原因なくして利得したものというべく、一方原告においてこれが返還を求め得ないような理由も見出し得ず、これと同額の損失を受けたことは明らかであるから、被告は右合計金二、一九二万一、四八〇円を不当利得として原告に返還すべき義務がある。

六、なお原告は右の不当利得金につき、昭和五三年九月一日から支払済まで年五分の利息を付すよう請求するが、Aが前記の如き念書を作成し、保険証券と共に被告に差し入れていたこと、原告がAの事実上の妻であったこと、被告本人尋問の結果によると被告は当時は未だその貸金を担保するため貸付先を被保険者とする多額の生命保険に加入していた訳ではなく(現在は月額二〇〇万円もの保険料を支払うという)、保険の仕組みに詳しくなかったことなどに照らし、被告が本件保険金等を受領しうる法律上の原因のないことについて被告が悪意であったとは認め難いから、原告が本訴請求をして以降の利息の支払義務のみが被告にはあると解する。

七、よって原告の本訴請求のうち、金二、一九二万一、四八〇円および本件訴状の送達の翌日であること記録上明らかな昭和五五年六月一二日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で原告の請求を認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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